建築基準法改正案に対する反対声明

2002年3月26日

東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻
教授 大方潤一郎、同助教授 小泉秀樹

 

1.建築基準法の一部を改正する法律案の概要

建築基準法の改正案が国会に上程されている。この改正の要点は以下のようなものである。

(1)シックハウス症候群対策のための規制の導入
(2)全面道路幅員に応じた容積率制限の係数の緩和(特定行政庁が都市計画審議会の議を経て決める区域内の建築物)
(3)中高層住居専地域等における道路斜線・隣地斜線の斜線勾配の緩和(特定行政庁が都市計画審議会の議を経て決める区域内の建築物について商業系用途地域と同様の斜線とする)
(4)第一種住居地域等における住宅容積率の緩和
(5)斜線制限と同等以上の採光等を確保する建築物に対する斜線制限の撤廃
(6)全ての用途地域において敷地面積の最低限度制限を定めることを可能とすること
(7)日影規制の測定面(高さ)のメニュー(6.5m)の追加
(8)地区計画等の規制の見直し
(9)一団地の特例の拡充

このうち特に問題が大きいのは、都市計画として決定されるのでもなく、特定行政庁による許可によるのでもなく、単に政令で定める基準を満たす建築について規制を大幅に緩和しようとする「(4)第一種住居地域等における住宅容積率の緩和」および「(5)斜線制限と同等以上の採光を確保する建築物に対する斜線制限の撤廃」である。これらは、これまで特定行政庁の許可によって行われてきた総合設計制度による各種形態制限の緩和を、政令で定める一律基準の下で建築確認手続のみによって可能にしようとする制度改正である。以下、この(4)および(5)を「総合設計制度の一部一般則化」と呼ぶことにする。

2.総合設計制度の本来的性格

そもそも総合設計制度とは、公開の広場の設置など市街地の環境の向上に貢献する整備を自発的に行う建築に対し、その整備コストを補ってやや余りある容積率割増などのインセンティブを与え、こうした整備を促進しようとする制度である。建物の敷地内に広場を設けても、建物の延床面積が減るわけではないから、その設置のコストや建物が細く高くなることによる工費・維持費の上昇は、さほど大きなものではない。したがって容積率割増によるインセンティブも、さほど大きなものである必要はなく、基準容積率の2割増程度をインセンティブの上限としても十分本来の機能を発揮できる性質のものである。

たとえば、ニューヨーク市でも1960年から同様な制度を導入しているが、当初の容積率割増は2割増を限度としていた。その後、1970年代からは市の財政難を背景に容積率割増対象となる整備要素や割増の限度を大幅に拡大した時期もあったが、1980年代半ばからは、容積率割増による弊害が大きく、特に主要街路に面した広場の設置はむしろ街並みの形成を妨げる場合が多いとして、この制度の乱用を制限するため、容積率割増の限度を容積率で100%というきわめて低い量に下げ、これに代えて街区内部の(つまり開発敷地外の)ポケットパークの設置などに対し容積移転を認める改正を行い今日に至っているところである。

ところが日本では、「都心居住促進」を目的として、1980年代半ばから総合設計制度による容積率割増の対象と割増量の拡大が繰り返されてきたところである。2001年現在、たとえば東京都の都心居住型総合設計制度では、十分な空地を確保しかつ延床面積の3分の2以上が住宅である開発の場合、容積率割増の限度は基準容積率の2倍まで(ただし割増分の容積率は400%を限度とする)という制度創設当初の主旨からは相当逸脱した運用が行われている。こうした拡大は、法改正によらず、政令や準則の改正によって行うことが可能であったため、安易に行われてきた面があることを否めない。

その結果、今日の東京の総合設計制度による容積率割増は、周囲の市街地の実態とも、都市計画として決定された用途地域の想定する市街地の形状とも、大きくかけ離れた高さのマンション開発等を可能にしている。こうした開発計画に対しては、当然、周囲の住民等の強い反対が起きることになる。総合設計制度は、特に「市街地の環境の整備改善に資する(建築基準法第59条の2法文のまま)」と特定行政庁が認めた開発について容積率や高さの規制の緩和を行うものであるから、建築審査会の同意を経て特定行政庁の許可を得る手続きが必要とされている。周囲の住民等の強い反対がある場合、そのような開発案が本当に「市街地の環境の整備に資する」開発であるかが疑わしいことになり、特定行政庁としては公聴会等を開催したり、事業者と周辺住民の話し合いの進行を慎重に見まもりながら、当初案が適切な規模・形態の開発案に修正され周辺との折り合いがついた案について、これを許可することになる。したがって、当初案の提示から実際の許可に至るまでには相当の時間を要することになり、また建築の計画や設計も当初案とは大幅に異なるものになるのが一般的である。

都市空間や市街地環境の質を無視しても、ともかく都市開発に対する投資を促進しようとする立場からすれば、この許可手続きに要する時間は長すぎ、また許可される開発の内容についても一般に設計変更が必要となるため、現行の総合設計制度は「時間コストとリスクが大きすぎる」という見解もあろう。しかしこれは、現行の総合設計制度の容積率割増の許容限度が、制度本来の主旨からも、また市民が一般的に想定する市街地の将来像からも、かけ離れた大きな値になっており、この許容限度一杯の開発が市民社会の常識として受容されるのは、たとえば臨海部の工場跡地等で敷地規模がきわめて大きく周囲が水面や工場倉庫等であるなど、よほど特殊な敷地と周囲の条件が整っている場合に限られるような値だからである。一般の市街地において、地域の現状を無視して、制度上の許容限度一杯に近い開発案を提示すれば、地域住民や自治体等から当初案の変更が要求され、協議と設計変更に時間とコストがかかるのは当然である。総合設計制度とは、市街地の環境の向上に役立つ整備を行い、周囲の市街地に対し容積率増大による迷惑を補って余りある貢献を果たすことによって、周辺住民からむしろ歓迎されながら実現されるべきものである。また、当初から、そのような良質の設計案を提示できるかどうかが、医師、弁護士と並び、社会的責務の重い職能とされる建築家の力量が問われるところである。つまり、当初から、たとえば基準容積率の2割増程度に納まるような、無理のない良質な開発案を提示すれば円滑に許可が得られるはずのところ、周囲の市街地環境への貢献が少なく迷惑ばかりが目立つ容積率割増限度一杯に近い開発案を提示し、許可に時間を要し設計変更を余儀なくされたとしても、それは事業者の専門職能的企画設計能力が低いためであり、総合設計制度の許可手続きの問題ではない。

また、どのような整備を行えば周囲の市街地環境の向上に貢献できるかは、本来的に、周囲の市街地の状況によって大きく異なるものである。道路が狭く、周囲に公園などもなく、密集した市街地の中であれば、緑豊かな小広場を設置することは、大いに周囲の市街地環境に貢献するであろう。一方、道路や歩道が十分広く、街並みに統一感のあるような通り沿いであれば、道路に面した正面に広場を設置し建物を道路から大きく後退させて建てることは、むしろ街並みの連続性を破壊することにつながり、なんら市街地環境の向上に貢献しない場合もありうる。したがって、どのような規模・形態・配置・質の公開空地その他の整備を行うべきか、また、どのような整備を行ったらどれほど容積率の緩和が得られるかについては、本来、単純な一律的基準が機械的に適用されるべきものではない。もちろん、ある程度の目安は必要であるから、推奨する整備形態と容積割増の関係は指針として事前に示されてしかるべきであるが、これは、あくまで目安であって、敷地の周囲の状況を無視して、機械的に適用されるべきものではない。だからこそ、総合設計制度とは、個別案件ごとに周囲の状況に照らして精査した上で許可されるべきものなのである。また、現行の総合設計運用基準なども、個別に審査・許可されることを前提として、あえて周囲の状況と整備すべき公開空地の形態・質との対応関係等についての詳細は記述されていないのである。したがって、個別の審査・許可の手続きを経ず、比較的単純な基準によって、公開空地等の整備と容積率割増・斜線制限の緩和の一律的機械的対応関係を定めておき、通常の建築確認の手続きによって、容積率割増・斜線制限の緩和を適用しようとするのは、総合設計制度本来の性格に反するものであり、地域の状況によっては、市街地環境の向上どころか、むしろ市街地環境の破壊につながるものである。

したがって、むしろ事業者としては、容積率割増を得て、通常の開発よりもさらに事業収益性の高い開発を行いたいのであれば、開発企画の早期の段階で地域住民の要望を積極的に聴取するなど、地域の将来に貢献し地域に歓迎される開発案を作成することに一層努力を注ぐべきなのである。主に開発事業者の側から、総合設計制度について割増基準の事前明示性を求める声があるようだが、これは、こうした企画の努力を省き、基準に適合しさえすれば機械的に容積率割増が得られるようにして欲しいということを意味する。しかしながら、各地域において望ましい市街地環境整備とは、地域によって、また敷地の場所によって、大きく異なるものである。これをすべての地域について事前に明示するためには、本来、緩和を行おうとするすべての地域について地区計画を定めるのと同等の綿密な計画・基準策定作業が必要となる。

個別開発に対する審査と許可の手続を廃止し、事前明示的基準によって緩和を行う場合、たとえば地区計画等において地域住民等の合意を踏まえつつ当該地区固有の詳細な緩和の基準を即地的に明示するのでなければ、容積率割増・斜線制限緩和とひきかえに整備される公開空地等が良好な市街地環境の形成につながる保障はなく、緩和による高密度化が地域の市街地環境を著しく損なわないという保障もない。良好な市街地環境の形成を実現するため各地区固有の詳細な緩和基準を事前に明示するということと、政令等により一律的機械的に公開空地等の整備要件と容積率や斜線制限の緩和基準を設けることとは本質的に異なるものである。そして、事前明示的な緩和基準を定めるということは、このような地区固有の詳細計画を定める手続を経て初めて可能になる性質のものである。

総合設計制度と比較されることの多いアメリカのインセンティブ・ゾーニング制度は、まさにこうした、地区ごとに当該地区固有の詳細な緩和基準を定めてこれを運用する制度である。たとえばワシントン州シアトル市では、対象地区を限定し、当該地区固有の詳細な規制や緩和基準を自治体が提案し、その詳細規制の効果について総合的環境影響評価を行い結果を公表し、地域住民および市民のコンセンサスを得た後に、市議会において都市計画条例として新たな規制・基準を決定し、運用に至っている。このように、アメリカのインセンティブ・ゾーニング制度とは、適用区域を限定した当該地区固有の緩和基準を、地区や都市全体に対する緩和の影響を事前に十分吟味した上で、地域住民や市民の合意を踏まえ、自治体立法府において決定し運用するものである。日本の都市開発制度の中では、地区計画の中で詳細な緩和の基準を定めて運用することに類似した制度といえよう。

これに対し総合設計制度とは、本来的に、地域における望ましい将来像が確定していない段階で、民間事業者の創意と専門能力に期待し、開発と整備についての多様な提案を、個別に審査しつつ受容していくことを通じて、市街地環境の更新を進めながら、同時に市街地の将来像を徐々に確定していこうとする、いわば「走りながら考える」都市開発制度である。こうした制度本来の性質にもかかわらず、その緩和の基準を一律的・機械的に事前に確定する(事前に明示する)ということは、民間事業者の創意による多様な提案の可能性を著しく狭め、制度本来の意義を失わせることになる。また民間事業者の立場からしても、緩和基準が画一的に事前に定められるということは、開発事業においてより大きな付加価値を生み出す可能性を狭めることになる。これは、市場競争を促進し、より消費者のニーズに適合した商品が効率的に提供される社会を形成しようとする、本来の規制緩和の主旨に反した、むしろ創造性を限定し画一的な規制の適用・強化による業界の護送船団的保護方式に向かうものである。

 

3.総合設計制度の一般則化自体の問題

にもかかわらず都市再生本部は総合設計制度の許可制度見直しを盛り込んだ「都市再生のために緊急に取り組むべき制度改革の方向」を決定・発表(平成13年12月4日)し、これを受けて、今回の建築基準法改正案には、「総合設計制度の一部一般則化」が盛り込まれることとなった。なお同時期に公表された総合規制改革会議「規制改革の推進に関する第1次答申(平成13年12月11日)」においても、都市計画・建築規制の事前明示性の確保と集団規定の性能規定化の推進がもりこまれている。

その背景には、特例的許可による都市開発制度全般に対する、手続きの透明化・運用の円滑化の要求があることは理解できる。しかしながら、各々の制度が特例的許可によっているのは、許可手続きを通じて個別に審査すべき本質的な必要性があるからであって、審査期間を極力短縮し、市民参加手続きや協議・決定過程を透明化することは大いに必要であるが、許可手続き自体を省き、機械的一律的基準を適用しようというのは、いかに都市開発促進のためとはいえ、不適切である。都市再生に資する都市開発促進のためには、単に建設事業の量を増やせばよいわけではなく、都市の環境を更新・向上させ、都市の機能と魅力を高め、長期に渡って有用性を発揮しうる良質な開発事業・建設事業を促進する必要がある。質を問わず、単に建設事業の量を増やすのでは、都市は再生されず、むしろ永年に渡って蓄積・維持されてきた都市の公共的空間や環境の質を低下させ、都市の衰退と崩壊を促進することになる。

まず、このような観点から、開発内容の質を審査する機会を廃止する今回の「総合設計制度の一部一般則化」には基本的に反対するものである。

 

4.総合設計制度一般則化の制度設計の問題

また、総合設計制度のうち、軽微な緩和の範囲に納まるものは、手続きを簡素化して、許可手続きによらず、建築確認手続きのみによって適用することを、仮に容認するとしても、今回の改正の内容は、きわめて問題の大きいものである。

「総合設計制度の一部一般則化」に関わる改正の要点は以下のようなものである。

・容積率割増については、第一種住居地域等において、政令で定める規模以上の空地を有し、かつ敷地面積が政令で定める規模以上である場合に、住宅分の延床面積の割合に応じて政令に定める基準により容積率を最大5割増しまで緩和可能とする。

・各種斜線制限(道路、隣地、北側)と同等以上の採光・通風等を確保する建築物に対して政令に定める基準により各種斜線制限を撤廃する。

 

【問題点1:都市計画を無視した過大な容積率割増】

今回の改正では、住宅用途については基準容積率の5割増、という過大な容積率割増が、本来住宅の立地を想定している住居地域等においても適用されることになっている。

最大5割増の容積率割増が一律的に認められるというのは、そもそも過大な割増である。住宅分の延床面積の割合に応じて最大5割増まで容積率割増を認めるというのは、既存の用途別容積型地区計画などにおいて、住宅分の延床面積の割合に応じて最大5割増まで容積率割増が認められていることを踏襲したものと思われるが、これは本来、商業地域など通常は住宅の十分な供給が期待できない地区における住宅開発にインセンティブを与え「都心居住」を促進する目的で導入された容積率割増制度である。容積率割増の限度が5割増までというのは、住宅の単位床面積あたりの発生交通量が、商業・業務用途に比べ概ね3分の2以下であるから、と説明されている。

本来、総合設計制度では、容積率を割増しても「交通上、安全上、防火上及び衛生上支障がない」ことが個別許可手続を通じて認定されることになっている。これを許可手続不要の一般則化するためには、容積率を割増しても「支障がない」ことを事前に一般的に保障する必要が生ずる。これは本来、地区の状況や地域住民の望む市街地像などの精査を踏まえ地区ごとに詳細かつ即地的に事前に定めるか、個別の許可手続において認定する他ないものであるが、それを一律的に取り扱うため、都心居住促進のために導入されていた「住宅ならば基準容積率の5割増まで割増可能」という規定を無理に拡張しようとするものである。

そもそも住宅以外の用途の立地に相当の規制が加えられており、基本的には住宅が立地することを想定して容積率が指定されている第1種住居地域等において、住宅の開発を対象に容積率を割増すというのは、都市計画としての容積率指定と矛盾する合理性に欠けた緩和である。また、住居地域など住居系用途地域の指定容積率は、発生交通量と道路・鉄道等の交通施設との対応関係によってではなく、住宅や敷地内の庭や空地、街路や公園などの公共空間について住宅地としての環境を確保する観点から定められているものである。したがって住居系用途地域において、商業・業務用途に比べて発生交通量が少ないことを理由に住宅開発について容積率割増を認めることには合理性がない。

しかも、前述のとおり、公開空地の整備など市街地の環境向上に貢献する開発に対するインセンティブとしては、2割増程度の容積率割増で十分である。現行用途地域・指定容積率のもとで形成されてきた住宅地等において、周囲の土地利用実態とかけ離れた容積率5割増の高層マンション等が建築確認手続のみによって開発されるとなれば、地域社会における激しい紛争が頻発することになろう。こうした地域の実情からかけ離れた開発は、たとえ建築基準法上適法であっても、民法上の不法行為と認定される場合も少なくないことから、多くの地域で訴訟が頻発し、都市市街地の円滑な更新・再生や住宅の供給が進まなくなる虞も大きい。仮に、公開空地等の設置を条件に建築確認手続のみで容積率割増を認めるとするならば、基準容積率の最大2割増程度を上限とすべきである。

 

【問題点2:住環境が保障されない斜線制限の一律的性能規定化】

総合設計制度の適用を受ける建物は、割増を受けた容積率を消化するためにも、また公開空地等を敷地内に確保することからも、細く高いタワー型の形態になることが一般的である。こうした高い建物の建築を許容するためには、道路斜線制限、隣地斜線制限、北側斜線制限などの緩和が必要になる場合が多い。事業者の立場からは、容積率割増よりも、むしろタワー型の建物を建てたいがために総合設計制度の適用を申請する場合も少なくない。

今回の改正では、これら高さ制限(各種斜線制限)の緩和を、総合設計制度の許可によらず、建築確認手続のみで可能にするため、従来の斜線制限に代えて「性能基準」を適用する道を用意している。すなわち、周囲の敷地に対する採光・通風等の確保(つまり建物による迷惑の少なさ)について、従来の斜線制限が確保していたものと同等以上の性能を確保した場合には、従来の斜線制限を適用しないというものである。その趣旨は理解できるが、問題は「従来の斜線制限が確保していたものと同等以上の性能」を確保する建築形態とは具体的にどのようなものかを定める方式である。後述の通り、各種斜線制限によって確保されている市街地環境の要素は、採光・通風だけではないが、仮に採光・通風のみが確保されれば良いとしても、敷地形態や周囲の状況が多様な日本の市街地において、従来の斜線制限による場合と同等の採光・通風が確保されることを客観的に測定評価する手法は未だ理論的にも確立されていないものである。にもかかわらず、その評価基準を政令による一律的基準として定めようとすることは理論的技術的に多くの欠陥をかかえた不適切な基準を採用することを意味する。このような基準の下では住環境は保障されないことになる。

たとえば、法改正関連資料に示された採光性評価の方法は、ある単一の測定点における天空率を算出し、従来の斜線制限による場合よりも天空率が高ければそれで良しとする、きわめて単純かつ杜撰なものである。その測定点において、たまたま天空率が高く採光性が良かったとしても、その測定点からたとえば20mほど離れた現実の住宅の前に高い壁のような建物がたちふさがり昼なお暗い状態にならないという保障はないからである。特に、ニューヨークの都心部などと異なり、街区の形態や敷地の規模形状が多様な日本の市街地においては、そもそも、測定点をどこにどれだけ設定し、どのような方式で性能を評価すべきかは、当該敷地の周囲の状況に応じて大きく異なるものである。

また、そもそも各種斜線制限によって確保されている環境とは、採光・通風に限定されるものではなく、(特に北側斜線による)日照の確保、高い建物による圧迫感の防止、沿道の建物の軒高の誘導を通じた市街地景観の形成など、多様な要素を含むものである。こうした多様な要素のうち、どれが特に重要であり、どれが必ずしも重要でないかは、本来、各地域の特性に応じて異なるものである。したがって、斜線制限に代えて同等の環境を確保する性能基準を適用するというのであれば、個別開発ごとに、こうした多様な環境要素について、対象敷地周囲の地域特性や周辺住民の住環境要求を踏まえた環境影響評価を行うか、または地区計画等において当該地区固有の性能基準評価方式を住民等の合意を踏まえ事前に確定・明示しておく必要がある。いずれにせよ政令による一律的基準を適用することは杜撰なだけでなく住環境を破壊する危険性の高い方式であり、到底容認できるものではない。

 

【問題点3:全国一律基準による地域差の無視】

こうした緩和の基準が、政令によって定められ、全国一律に適用されてしまうこと。

そもそも基準容積率を大きく超えるような高層マンション等の建設を促進して「都心居住」を促進することが重要な都市政策となっているのは、東京をはじめとする一部の大都市に限られている。もちろん地方都市でも中心市街地等において居住を回復することは重要であるが、これは容積率割増によって達成されるような問題ではない。地方都市等における許容容積率は現行の用途地域による基準容積率で一般に十分である。従来、総合設計制度の運用事例がほとんどないような地方都市等においても、東京の都心周辺地域の状況を念頭においた緩和基準が一律適用されてしまうのでは、都市計画として将来の市街地像を念頭におきながら定められたはずの地域地区による容積率指定の意味が全く失われてしまい、偶発的な高層マンション開発等により、計画的な中心市街地再生などの遂行がきわめて困難になってしまう。また、事情は東京等大都市においても同様であり、高容積化して市街地の環境を低下させても居住人口を回復したい都心部の自治体の状況と、密集市街地等をかかえる周辺自治体の状況、比較的良質な住宅地と幹線道路沿道や大規模企業所有地跡地等に立地する高層マンションの相互関係に悩む郊外自治体の状況は、それぞれ異なっている。こうした自治体や地域による状況の違いを無視して、政令による全国一律の緩和基準を適用することは各自治体の都市づくり、まちづくりの遂行をきわめて困難にするものである。

したがって、仮に「総合設計制度の一部一般則化」を導入するにしても、その緩和の基準等は政令によって定めるのではなく、政令の範囲内において、市区町村が条例で定めるものとすべきである。また当該基準を条例で定める場合、地域によって異なる基準を定められるようにすべきであり、また基準の決定に当たっては、少なくとも都市計画審議会の議を経て定めるものとすべきである。緩和基準等が、このような手続きを経て、市区町村の条例で定められるのであれば、容積率割増の限度や斜線制限緩和の方法も、各市区町村の実状に応じたものとなり、また都市計画との適切な関係性も維持されることになり、前述の問題点1、問題点2も、ある程度ではあるが、回避されることになろう。

 

5.結論

開発内容の質を審査する機会を廃止する今回の「総合設計制度の一部一般則化」には基本的に反対するものである。仮に、軽微な緩和について一般則化するのであれば、緩和の基準は市区町村が条例で定めるものとすべきである。また基準の決定に当たっては、少なくとも都市計画審議会の議を経て定めるものとすべきである。自治体や地域の実態の相違を無視し、全国一律の基準を適用しようとする今回の改正案は、各自治体の都市づくり、まちづくりの遂行を困難にするものであり、これには強く反対するものである。


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113-8656 東京都文京区本郷7-3-1 東京大学大学院工学系研究科 都市工学専攻
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