大方潤一郎「中村地区のまちづくりに思うこと」『らびっと通信』 172 (1996:2:5), ありすセンター, pp.9-10.

中村地区のまちづくりに思うこと     横浜国大工学部 大方潤一郎

 これまでの日本のまちづくりは、幹線道路や公園づくり、震災・戦災による焼け跡地の土地区画整理事業、駅前広場と駅ビルづくり、郊外乱開発の抑制、などをもっぱら進めて来ました。このごろようやく商店街の修景や、街並みの形成といったことも視野に入って来たように思いますが、「都市計画」のよって立つ基本的な発想は、江戸時代に形成された「前近代的」な都市構造や、「近代的」なまちづくりのルールのないままに広がってしまった「スプロール」市街地に、幹線道路や上下水道網を整備し、公園を配置し、木造零細商店の密集する駅前を共同ビルにして広場を捻出し、新しく開発される郊外住宅地にはせめて車がすれ違えるだけの区画道路を整備しよう、というものであったと言って良いと思います。

 これだけのことをきちんとするだけでも、それはそれで大変な仕事なのですが、これだけのことを進めるだけでは人々の暮らしが立ち行かない時代が迫って来ているのが今日の状況であると考えています。これまでの街づくりの発想は、市街地が広がり続けながら変わって行くことを大前提に、変わっていく市街地の目標とすべき漠然としたイメージは、中心市街地であれば近代的な中高層のビル群、郊外であれば敷地百坪なり(それが無理ならせめて60坪なり)の、つまり庭に樹木が茂るような庭付き1戸建住宅地であって、その中間的な存在である小規模な住商併用店舗や、小規模なアパート、敷地40坪以下の小規模戸建住宅、建築規制いっぱいに建てられたマンションなどは、いずれは淘汰されるべき過渡的なものとして、見て見ぬふりをしてきたのが実情です。

 もはや市街地が際限なく広がり続ける時代は終わり、また市街地を際限なく広げることが許される時代でもなくなりました。都心のビル群と、郊外の庭付き1戸建住宅の間に、多くの人々の暮らしを支えている街がひろがっているわけですが、この街を庭付き1戸建住宅地に変えて行けるはずはなく、かといって高層ビルの建ち並ぶ街に変えていくことにも無理があります。庭付き1戸建住宅地とは違う街の暮らし、夜景を見おろす高層ホテルの一室で消費されるような都心の時間とは違う街の暮らし、そんなこれからの街の暮らしとはどんな生活か。そのためにはどんな街のしつらえ方が必要なのか。これを具体の生活の実感に照らして考えながら、少しづつ確かめながら、作っていくこと。そこからもう一度、都市交通のあり方や、水や緑と市街地のかかわり方、小規模・中層の集合住宅や店舗が集まって街を構成するという観点を欠いた建築法規や住宅政策の転換、いずれ必ず来る震災への備え方、などを考えて行かない限り、横浜や日本の都市から街の暮らしは失われてしまう他ないでしょう。

 さて、中村地区は横浜の都心に近く、しかも都心に飲み込まれず、密度高い街の暮らしが存在している街です。街を構成している街路網や建物には、地震や火事のことについても、また日々の暮らしのことを考えても、手直しした方が良いところが多々あるでしょう。といって街を根こそぎ更地にして作り直すようなことは考えようもありませんし、一方、ひとりひとりの思いのままにそれぞれの手直しを進め、積み重ねるだけではどうにもならないことがたくさんあります。街の暮らしの実質は人と人との関係ですが、これを支える場を空間的にも社会的にも「改築・新築」する必要もありそうです。問題ばかりで何もないのではなく、新しい形になりたがっている「街の暮らし」の実質が現にあり、今あるものに新しい形をとらせようという欲求する力と、これを実際の形にしていく実践する力とが、中村地区にはみなぎっているように傍目からは見えるのです。

 ですから、余計なお世話のありがた迷惑かもしれませんが、中村地区のまちづくりを考えるお手伝いをさせていただきながら、横浜の街の暮らし、さらには日本の都市での街らしい暮らしというものを街の方々といっしょに考えて行きたいと思っているのです。