(雑誌「都市住宅学」第17号、1997年所収)
東京大学工学部都市工学科 助教授 大方潤一郎
大都市圏、特に東京の都心に近い市街地は土地が有効に利用されていない「低未利用」状態にあり、もしこうした地域が有効利用されて多くの住宅床が供給されれば、混雑した遠距離通勤に苦しむ多数の通勤者が救われるはずであるのに、土地の有効利用が現在の容積率規制によって阻害されている。よって容積率規制は撤廃または大幅に緩和すべし、とする論がある。本誌においてこのような特集が企画されたのも、この論への応答を念頭においてのことであろう。
確かに東京では、ほぼ大正期から戦前に市街地が形成された山の手線から環状7号線にかけての地域はもとより、都心に近い地域においても木造2階建ての住宅が多く、しかるべく建替が進めば現状より多くの住宅床が供給される余地が大きい。また、環状8号線の内外には、かつて緑地地域が指定されていたこともあり、農地や農家の広大な屋敷林も多数残存している。農地の宅地化の議論はさておき、低層木造住宅地の更新等を通じた有効利用が進むことは、大都市圏における通勤至便な住宅供給という面からも、更新を通じた防災性の向上という面からも望ましいことである。これについては大いに同感するところであるが、しかしはたして容積率規制によって土地の有効利用が妨げられているのであろうか。容積率規制を撤廃することで土地の有効利用が進むのであろうか。
東京の丸の内のような商業業務地で容積率を撤廃すれば、なるほど今よりはるかに大きなオフィスビルが建設されることになるだろう。だがこれは土地の単なる局所的な高密度利用を可能にするだけで、一層の通勤混雑、都心部の交通渋滞その他の不利益をも引き起こすことになり、都市圏全体として見た時に土地を有効に利用したことになるかは、オフィス床需要を他に分散させた場合との比較衡量を経なければ簡単に結論の出ない事柄である。もちろん、このような商業業務地で容積率規制を撤廃したところで住宅の供給を期待することはできない。
住宅の供給を期待すべき地域は都心の近傍から環状7号線の間に広く分布する2階建て程度の戸建住宅やアパートが密集する地域であるが、こうした地域の「有効利用」が進まないのは容積率規制が主因なのだろうか。そもそも土地の有効利用とは何を指すのか。土地の有効利用と、容積率規制に代表される土地利用密度規制とはいかなる関係を有するものと考えるべきものなのか。こうした諸論点を検討しようというのが本稿の目的である。
2.1
市街地における建物高さ規制の背景
ヨーロッパ諸都市では一般に、古く19世紀以前から、都市ごとに建築規制(条例)を定め、街路空間自体や街路に面して主要開口部をもつ沿道の建物の日照・採光・通風を確保するため、街路の幅員に応じて沿道の建物の高さを制限して来た。建物の軒高を前面道路幅員の1.5倍〜1倍とし(係数は都市により時代により異なる)、これに屋根と屋根裏部屋をのせることを許容するという例が一般的である。
中世に形成された城壁内の密集した市街地には狭い路地状の街路も少なくないが、19世紀以降に形成された市街地では一般に車両が安全にすれ違え、歩道もそなえた幅員12m程度の街路が最低限と考えられていたので、高さ制限が道路幅員の1.5倍ならば、これに応じた沿道の建物は5階建て(および屋根裏)の街並みとなることが想定されていたことになる。
20世紀に入る頃から、多くの都市で、たとえば、中世に形成された城壁内の市街地、その外側の新しい集合住宅地、郊外の戸建住宅地、など地域の特性に応じて許容する建築の種類および形態の規制を区分する、いわゆるゾーニング(地域・地区制)が導入され、道路幅員に応じた建物高さ制限の係数や建蔽率なども、地域に応じて異なるものとなった。
日本においても、1919年に都市計画法、市街地建築物法が制定されるにあたって、同種の規制方式が導入され、住居地域、商業地域、工業地域の3種の用途地域に応じた、建築形態規制が定められた。建蔽率規制と絶対高さ制限(商業地域では100尺、その他では70尺)、前面道路幅員に応じた建物高さ制限、道路斜線制限によって建物の大きさが制限されたので、結果的に土地利用密度にも自ずと限度が設けられていたことになる。
なお、今日のドイツ・北欧の諸都市では、新規開発地区については詳細計画によって建物の形態の概要をほぼ記述してしまう一方、街並みが安定し、市民の保全意向の強い既成市街地内の建物の建替については、従前の建物と同じ、または周囲と同等の建物を許可するという方式で市街地が形成されており、詳細計画には容積率規制も多くの規制のひとつとして記述されてはいるが、市街地形成上は重要な役割を果たしていない。
一方、イギリスでは戦後、開発権が国有化され、全ての開発は計画当局の裁量的許可制の下にあり、建築の形態規制も案件ごとの個別的判断によるものとなっている。ロンドン等の大都市では裁量的許可の際の参考資料とする容積率地域図(規制図ではなく単なる非法定的指針)が描かれたこともあるが、実際の許可は必ずしもこれによらず行われている。(ちなみに、この図ではロンドンの都心部で容積率最大600%とされていた)。
2.2 ニューヨーク市の場合
しばしば東京と比較されるニューヨーク市では周知のとおり1916年にアメリカで最初の総合的ゾーニングが制定されている。これは、ひとことでいえば、住居専用・商業業務・無指定(工業)の3種の用途地域、道路斜線制限の傾きの係数を1、1.25、1.5、2、2.5の5種類に区分した高度地域、建蔽率と裏庭の奥行きを5種類に区分した空地地域、の3層の地域区分を全市域に設定するものであった。
ここで容積率規制との関係で重要なのは建物高さ規制である。建物の高さは道路斜線によって制限され、敷地の奥行きには限りがあるので、建築可能な建物高さにも限度が生ずる。これではエンパイアステートビルを典型例とするような摩天楼は建てられない。街路や沿道建物の環境を保護するために建物の高さ制限を導入しながらも、天を突くタワーの建設を可能としたかったニューヨークの人々は、建物高さ規制に、タワー建設の特例を用意した。すなわち、敷地面積の25%以内の水平投影面積であれば、斜線制限による高さ制限を超えて、形式的には無限の高さにタワー状の建物を建てることが認められたのである。この制度下でクライスラービル、エンパイアステートビルなど戦前の摩天楼が建設されたわけである。
戦後、1950年代、ニューヨーク都心部ではタワー状オフィスの建設が増加し、都心部において自動車の渋滞、歩道・地下鉄・地下鉄駅の混雑が激化し、従来の無制限にタワーを建設できる規制方式では土地利用密度をコントロールできない点が大きな問題となった。
1961年、ニューヨーク市では地域制の全面改正を行い、その際に、絶対的な高さ制限を設けず、かつ土地利用密度に限度を設ける規制方式として、容積率規制を採用するに至ったのである。なお、この時、より建築形態の自由度を高めるため、タワーの太さを敷地面積の25%以内とする従来の規制を緩め、40%以内に変更している。
容積率の指定にあたっては、戦後に開発されたオフィスビルの2/3は実利用容積1800%以内、これらの中央値が1500%であることを勘案し、都心部のほとんどを容積率1500%に指定した。その背景にはオフィス開発を都心部全域に拡散する方針があったという(*1)。また、敷地内に広場状空地を設置した場合は容積率を指定容積率の2割を限度として割り増すプラザ・ボーナス制度を導入し、都心部では実質1800%の開発が可能になるよう配慮されてもいる。
2.3 東京の場合
日本において容積率規制が部分的に導入されたのは、戦前1938年創設された「空地地区制」によってである。空地地区制は、郊外の住宅地環境の維持と、延焼の防止(および防空)を目的として創設されたもので、東京では1940〜43年にかけて第1種〜第6種(容積率20〜70%)の空地地区が東京の郊外部に広く指定された。指定にあたっては、敷地50坪の平屋1戸建の住宅を想定すると、冬至日照4時間を確保し、かつ延焼を防止するには容積率30%以下と考えられたので、容積率30%の第2種空地地区を基本とし、現況容積率が30%を超える既成市街地については現況容積率に10%を加えた地区指定を原則としたという(*2)。
高度成長期に入り、業務活動の活発化を迎える1960年前後になると、31mの絶対高さ制限の下では、階高を低くして延べ床面積を極大化した粗悪な事務所ビルや、都心市街地における空地不足が目立つようになり、一方、建築技術の進展を踏まえ超高層建築の実現を求める声も高まって来た。これらを背景として、まず1961年に、特定の地区について、絶対高さ制限を解除し、容積率規制(100%〜600%まで100%きざみの6段階)と壁面の位置指定を定める「特定街区制度」が創設された。
さらに、1963年には絶対高さ制限を廃止し容積率制限を行う容積地区制が導入されるとともに、特定街区制度は公開空地の確保に応じて容積率の割増しを受けられる制度に改訂された。
容積地区は都市計画の施設として建設大臣が指定するもので、容積率100%の第1種から、100%きざみで、1000%の第10種まで指定することができた。指定地区内では絶対高さ制限が撤廃されるが、従来の前面道路幅員による高さ制限を引き継ぐ意味で、前面道路幅員12m未満の敷地では、前面道路幅員のメートル数値×6/10が容積率の上限とされた。道路斜線制限は従来通り適用される。しかしながら、これだけでは従来にない高い建物が建った場合、隣地の日照・採光阻害、圧迫感等が著しくなることが予想されたため、高度地区による規制として隣地斜線制限(住居地域内では高さ20m以上で1.25の傾き、それ以外では高さ31m以上で2.5の傾き)が導入された。
内部市街地の中高層化・不燃化の促進を目標として掲げていた東京都は、まず環6内の容積地区指定を1964年に、環6外の指定を1967年に行った。東京では都心・副都心の商業地は600%〜1000%、その他商業地は400%〜700%、住宅地は200%〜400%を指定することを原則とし、低層独立住宅地については第1種高度地区(高さ10m)を指定して実質的に100〜120%の容積規制とし、あわせて空地地区を大幅に廃止・緩和した。
当初は商業地での容積率上限を600%とする案も検討されたということであるが、従来の31m絶対高さ制限の下では現に1000%の建物が建っていること、住宅地についても絶対高さ20mならば地上6階・地下1階が建つので建蔽率60%として容積率400%は既得権、という声も強かったといわれ、前面道路幅員による容積率逓減規定を頼りに、容積地区としての指定容積率の数値そのものは、かなり緩やかなものとなった。
こうして、東京の当初容積率指定は、旧来の形態規制によって結果的に許容されていた土地利用密度を大幅に削減することなく、都心や駅前など利便性の高いところは密度が高く、周囲に広がるにしたがってしだいに密度が低くなる、という一般的に観念されている都市の密度パターンに応じた、段階的な制限となった。
この容積率の設定にあたっては、容積率規制の枠組みが将来の土地利用需要(20年間の開発量を地域別に推計)を容れる十分な余裕があることを確認する一方、都心地域については別途、開発量の推計と交通需要予測がなされ、現状のインフラでは容量オーバーとなるが、将来の道路整備を見込めば対応可能であることを確認している。
また商業地の多くや高容積率が指定された都心周辺の住宅地では、広幅員街路沿道を除き、指定容積率よりも前面道路幅員による容積率制限が厳しくなり、ゾーニングによってではなく道路幅員によって市街地の密度と立ち上がりが規定されるという日本の大都市内部市街地特有の市街地形成メカニズムが生まれることにもなった。
1968年に制定された(新)都市計画法、1970年に全面改正された建築基準法によって、日本の都市計画は新法体制に転換するが、地域制という観点では、市街化区域・市街化調整区域の区分(線引制度)が新設されたこと以外は必ずしも新しい規制手法が導入されたわけではなく、むしろ従来、用途地域や特別用途地区、空地地区、容積地区、高度地区などの組み合せによって実現されていた諸規制を、用途・容積地域に整理統合し、セット化したものと考えることができる。第1種住居専用地域以外では絶対高さ制限が廃止され、容積率規制が全面採用され、用途地域に応じた建蔽率・容積率の組み合せが限定的なメニューとして 用意された。また従来は高度地区に頼っていた北側斜線や隣地斜線も用途地域自体に盛り込まれた。前面道路幅員による容積率逓減制度も継続され、これは日影規制を導入した1976年の改正の際に住居系用途地域内では4/10に規制強化され今日に至っている。
さて、導入の経緯から見ても明らかなように、容積率規制とは、建築形態の自由度、特に建物高さの自由度を確保しながら、土地利用密度が無制限となることを回避するため、最も単純・簡便な規制手段として導入された規制手法である。
土地利用密度が無制限では、市街地の環境が極端に悪化し、道路・鉄道・駅・歩道等の交通施設をはじめ各種インフラが破綻する恐れが生ずるので、何らかの限度を設ける必要があるわけであるが、その限度を示す指定容積率の数値そのものは必ずしもインフラストラクチャーの現状に応じた各地区の適正容量を示したものではない。規制の枠組みの総量が将来の都市成長を受け入れる必要があり、枠組みの下でゆっくりと成長する都市活動が一方で徐々に進むインフラ整備を極端に追い越すことがないようにする必要があり、かつ局所的に見た市街地の環境が市街地の性格に応じた社会的通念に照らして妥当なものに納まるようにする必要があり、しかも土地利用の権利の制限として妥当かつ安定的なものである必要がある。これらを総合的に勘案して設定されたものが、限度としての指定容積率の数値である。
インフラ整備を予定しない安定的な都市の場合は適正容量を示した容積率規制を設定することもあり得るが、少なくとも、東京の容積率規制とは、インフラストラクチャーの現状に応じた各地区の適正容量を精密に算定し、それを容積率として指定したものではない。これは既成市街地内部においてもインフラストラクチャーを整備しながら、広く土地利用密度を上げていくことを想定した開発途上大都市に容積率規制を導入したことの必然的結果でもある。
さて、問題は「低未利用」市街地の土地の有効利用である。容積率高く利用することが土地の有効利用であろうか。容積率が高ければ高いほど、すなわち敷地面積あたりの延べ床面積の量を大きければ大きいほど土地利用の有効度が高いのであろうか。
土地利用の有効度とは、正確には「単位床面積あたりの効用×容積率」で測られるべきものであろう。これを最大化することが個別敷地単位で見た土地の有効利用であり、都市という観点から見れば、都市を構成する各敷地上の効用の総量を最大化することが、土地の有効利用ということになろう。
住宅の場合、一般に利用容積率が高くなると、周囲の敷地は低容積利用のままとする不当な前提を置かず、周囲の敷地も同等の高容積率が実現するものと想定すれば、その単位床面積あたりの効用は低下すると考えられる。都心からの通勤時間などの立地条件が同一とすれば、低容積の緑豊かな住宅地の住宅床の方が、高容積の住宅団地の住宅床より、はるかに高く評価されるであろう。(ちなみに東京都区部で最も指定容積率の低い住宅地は田園調布である)。
比較的小さな個別敷地ごとに見れば、敷地の周囲が2階建て住宅のような「低利用」状態であるうちは確かに容積率400%を消化した高層マンションも、それなりの居住性能を備えた住宅として成立しえよう。しかし、それはあくまで周囲の環境を先取り的に独占して成立している居住性能であって、いずれ周囲の敷地もこのマンションと同等の容積率400%で利用された場合を想定すると、すなわち各々400%を使いきったマンションがびっしりと立ち並んだ街を想定すると、広い水面に囲まれた大規模な計画的超高層団地など、よほど特殊な条件に恵まれない限り、きわめて劣悪な居住環境とならざるをえない。
住宅地には、その特性に応じた適正な利用形態があると考えられ、その利用形態を簡便に指し示す密度指標として容積率を用いることが可能である。戸建住宅地なら容積率100%程度、タウンハウス等の接地型集合住宅地なら150%程度、中高層住宅地なら200%程度、それ以上なら超高層タワー型住棟が配置された大規模団地、といった対応関係である。
少なくとも東京を見る限り、低層住居専用地域が指定されている地域を別にすれば、容積率規制が厳しいために土地の有効利用が阻害され、住宅の供給が妨げられているとはいえない。
現状の指定容積率を、ほぼ一杯に使っているのは、低層住居専用地域(旧第1種住居専用地域)と指定容積率800%以上の商業地域のみというのが実態である。
低層住居専用地域は、本来、低層住宅地としての環境を形成するため指定された地域であり、高密度な土地利用をすべきではない地域として社会的に合意された地域である。
低層住居専用地域以外の住宅地は、一般に容積率200%以上が指定されている。実際に容積率200%を使いきって建った住宅地とは、住宅地としては相当に高密度な環境となる。たとえば高島平などの高層住宅団地は、団地に身を置いてみれば誰しも相当の高密感、圧迫感を実感する環境となっているが、それでも容積率としては200%に達していない。複数の住棟で構成される団地の場合、各住戸の冬至2時間日照を確保するためには、超高層住棟を巧妙に混入しない限り、容積率200%を達成することは極めて困難である。また、冬至2時間日照を確保できない住戸は家族向け住戸としては市場性に欠ける。
現状の指定容積率を超えて容積率を使い切れるのは、一般に、オフィス、商業開発の場合か、小規模敷地に建つ1棟型の「マンション」の場合である。このような、1棟型の「マンション」は、周囲の日照・採光・眺望を阻害しながら建てられ、かつ自己の日照・採光・眺望は周囲の土地利用が未だ低密な状態にあるため、たまたま確保されているにすぎない状態にある。
都心居住においては日照はあきらめるべきであるとする論もあろう。確かに都心近傍においては必ずしも各戸に日照を確保する必要はなく(この場合でも採光や眺望の確保は重要であるが)、またこうした住宅も相応の市場性を持つと思われる。しかしながら、遠距離通勤に苦しむ勤労者の住宅事情の改善、という文脈で想定する「都心居住」とは東京でいえば環7内部という大きな広がりの地域を対象としており、量的に見ても、供給されるべき住宅の質から考えても、日照条件を無視することはできない。
東京でいえば環7内部に広がる低層密集住宅地は現状では100%程度の利用容積率にとどまっている。こうした地域が容積率200%程度の市街地に変わることこそ、ここでいう都心居住達成のための「土地有効利用」として重要なことであり、それ以上の高容積率は必要なことでもなく望ましいことでもない。そして指定容積率の現状は、そのことを妨げているわけではない。
住宅地の「有効利用」が進まないのは、主に自己居住用あるいは自営業用に土地を利用している現地権者に開発意欲が希薄なことが最大の要因である。
自己居住を継続しながら、高度利用をはかろうとする場合、店舗・事務所、自己住戸、貸家等を組み合わせた建築物を建設し経営することになるが、立地条件に恵まれなければ店舗・事務所の借り手はつかないし、小規模な貸家経営は、共同居住や貸家経営に伴う煩わしさを考えれば、投資に見合った利益を生むものか疑わしい。このような状況において、単に指定容積率を高めても、高度利用は進まない。
東京を例とすれば、歴史的な経緯もあって、インフラの現状に比べて相当に高い容積率が現に指定されている。前面道路の幅員によって利用可能な容積率が低減される規制が作動しているため、たとえば指定容積率が400%の地域であっても道路幅が4mであれば、住居地域なら160%、商業地域でも240%までしか容積率が許容されない。このことによって地区レベルで見たときのインフラに対する過密な土地利用がかろうじて抑制されているわけであり、道路の拡幅や土地区画整理事業等によって道路が整備されれば、それにより自動的に利用可能な容積率は増大する仕組みに現になっているといえる。
指定容積300%以上の地域では、道路条件さえ整えば、住宅としては十分高い容積率を実現することが可能である。住宅供給とのかかわりから検討すべき地域は、容積率200%が指定されている住居系用途地域である。ここでは、前面道路幅員が最低限の4mであっても160%までの容積率を実現することが許容されているが、この数値は土地利用の更新という面から見ると、やや中途半端な数値である。通常の木造2階建てで建てた場合でも建蔽率60%の総2階で容積率120%の利用が可能である。あえて3階建てにしても160%が限度では建替の意欲が阻害される。また、こうした地域では6m幅員の道路整備が重要であるが、前面道路が6mになっても利用可能容積率が指定容積率の200%に抑えられているのでは道路整備に協力しようとする意欲が阻害される。指定容積率の制約がなければ前面道路6mに対し容積率240%が許容される。この数値は建蔽率60%・4階建てを意味し、6m道路による斜線制限にも概ね対応した建築形態を意味し、従来の2階建てに対し2倍の容積率を意味してもいる。
個別の建替の連鎖を通じて6m道路が徐々に整備される仕組みを整えると同時に、その沿道では240%程度の容積率の利用が可能になる仕組みを実現すれば(たとえば指定容積率を250%とすることが可能になると良い)、現在の指定容積率200%の低層密集市街地における更新を通じた住宅供給と居住環境の向上を促進することになるのではなかろうか。
現行の容積率規制は簡便で単純な密度規制手法であるが、必ずしも最善の手法であるとはいえない。
第1に、現に指定されている容積率の数値の大小が、歴史的経緯を引き継ぎ、必ずしも望ましい将来の密度配置を示しているとは言いがたい。用途地域によって指定できる容積率の範囲が決まっていたり、120%(建蔽率60%で2階建て)とか180%(同3階建て)といった意味の分かりやすい数値の設定が出来ないことも問題である。しかしこれは容積率による規制手法の原理的問題ではなく、建築基準法に定められた容積率選択肢の不足または画一性と、実際の計画策定過程の問題である。
第2に、現行の容積率規制が、住宅・オフィス・商業・工場といった用途の違いに配慮せず、単純に床面積の密度を規制する方式となっているのは簡便に過ぎる。少なくとも用途別に密度をコントロールできる制度に改める必要があろう。
第3に、容積率規制は敷地の前面道路に応じて変化することの問題である。狭い道路に面した敷地の容積率規制が厳しくなるのは良いが、たとえば街区の裏や奥にある大きな敷地が、表通りに通ずるごく細い通路状の敷地を取り込むと、その敷地全体が表通りに面した敷地ということになり、実際の建物や、その主要出入口が狭い裏通りに面していても、周囲の敷地に比べ、はるかに大きな容積率が許容されるという、規制方式の不合理の問題である。これは容積率規制の問題というより、土地の区画・形質の変更を伴わない限り、敷地の分割・統合を全くコントロールできない日本の建築規制の根幹的な問題であり、その抜本的な改革がなされないとするなら、街区単位、地区単位で、建築の高さや壁面の位置を直接記述した詳細計画を導入する以外、対処の困難な問題である。
容積率による密度規制ではなく、建蔽率や壁面の位置の指定と高さ制限などにより、建物の形態を直接的に規制すべきである、という論がある。確かに街並みの形成や、規制のめざす街の姿の明確化等の点では、建築形態を直接的に規制する方式は優れている。
しかし、ヨーロッパの都市のように、現に街並みの形態が完成し安定し、市民にも尊重されている場合ならば、現にある街並みの形態に即した直接的形態規制を定めることも比較的容易であろう。しかしながら、規制によって示される建物や街並みの形態が現には存在せず、今後長期間に渡り協同的な努力を通じて形成していくべき街の形態を示すことになる日本の一般市街地を想定した場合、いったい誰がどのようにして各々の街の将来の形態を描き、定め得るのか、という問題が残る。
良好な環境を現に有する戸建住宅地の環境を保全しようという場合ならば、街の将来像についても、またそれを実現する規制枠組みについても、地権者・住民の合意を形成することは比較的容易であるかもしれないが、木造2階建ての街を3階建てや、中高層の街に変えていこうとする場合、変わること自体については合意が形成されても、将来の街の具体的な形態について合意を形成することは容易なことではなかろう。
敷地の規模も形状も様々であるのが一般的な日本の既成市街地の特質であるから、建蔽率、敷地境界線からのセットバック、絶対高さ制限と階数の制限、といった一律的な敷地単位の規制では望ましい街の形態を実現することは難しい場合が多い。街区単位で建物の集団的な配置・形態を総合的かつ詳細に検討しながら地権者の合意を形成し、将来の街の形態を詳細計画として定めるのでなければ、望ましい街を形成することは困難である。またこのような方式としては既に1995年に「街並み誘導型地区計画」が創設されたところである。
もうすこし簡便に、従来の容積率規制を、建蔽率と前面道路幅員に応じた高さ制限の単純な組み合わせに置き換えれば良いのではないか、との論もあろう。これはつまり容積率規制導入以前の日本の形態規制に回帰しようということである。建蔽率規制と高さ制限を通じて過大な土地利用密度が生じないようにするためには、建蔽率規制をよほど厳しくしない限り、高さ制限はかなり低いものとせざるを得ないだろう。商業地域で、最も規制の緩い地区においても高さの上限は31m、10階という、かつての制限が限度となろう。(建蔽率に応じた高さ制限、という規制方式も考えられるが、これは容積率規制と大差のない規制方式である)。どうしてもこれを超える高層建築を建てたい場合は、現行の総合設計制度や特定街区制度のような特例的許可制度を通じて市街地の環境への影響を総合的に検討した上で、特にこれを許容するという道を用意しておくことはできよう。現に横浜市では、独自の高度地区規制により建物の絶対高さを低く制限しておき、これを超える道として総合設計制度(「横浜市市街地環境設計制度」)を用意するという方式を用いている。比較的基盤条件が良く、敷地条件も整った、今後中高層化をはかるべき地域については、このような方式も有効であり、合意も比較的形成しやすいと思われる。
いずれにせよ、街の将来像の概略について合意を形成するだけでも相当の時間とマンパワーを要する作業となろう。筆者は、現在、多くの市町村が策定に着手しつつある市町村マスタープランの策定過程を通じて、各地区の将来像について概略の合意が形成され、明示されることに期待を寄せる者の一人であるが、おそらく多くの地区では抽象的な将来像の合意がせいいっぱいであり、具体的な街の形態に踏み込んだ将来像の明示に至る地区はきわめて限定的なものとなろう。
時間とマンパワーを注ぎ、具体的な将来像をもつ詳細計画の確立した市街地を着実に広げて行くことは、もとより望ましいことである。ただ一気に全面的に建築規制の体系を移行することは現実の問題として困難であろう。基礎自治体や住民の様々なまちづくりの試みや努力を通じて、徐々に新しい規制の体系の世界が着実に広がって行く、という過程にこそコミットメントしたいと思う。
【注】
1 Keyden, Jerold S. (1978): Incentive Zoning in
New York City, p.6.
2 堀内亨一(1978): 都市計画と用途地域制,
pp.71-76.
都市活動による各種外部不経済に応じた料金を常時逐一網羅的に課徴することにより、土地利用や都市活動も市場原理の下で、最適な状態に達するので、将来的には土地利用・建築規制は撤廃されるべきものである、とする論がある。
はたして土地利用・建築規制がなくても過密状態が生じないような(あるいは一部の過密現象については金銭的に補償されるような)料金課徴制は可能であろうか。たとえば、道路の渋滞現象については、一般道路の各交差点の混雑状況を常時モニターし、各車両の走行・停車状況を常時記録し、混雑状況と走行状況・駐停車状況に応じた料金を算定し集金することになる。しかも運転者にとってあらかじめ走ろうとする経路や代替経路の料金について概ねであれ予想が立たなくては混雑の抑制につながらない。道路渋滞についてだけ見ても多くの技術的・制度的困難がつきまとうと思われるが、都市活動によるきわめて多岐に渡る外部不経済について、常時逐一網羅的に料金を課徴することが現実に可能であろうかという問題がある。道路・鉄道混雑、日照阻害だけを対象とするならばともかく、歩道や公園の一般的混雑、景観、心理的ストレス、大気汚染、ヒートアイランド現象、等についても対処するとなると、きわめて綿密な監視システムを構築する必要が生じよう。
また、そもそも市場の成立しない外部不経済の価格を、どう決定するのかという問題もある。たとえば日照阻害について見れば、当該地域の日の当たる住宅と、日の当たらない住宅との差額に収斂するとは思われるが、個別の開発にともなう料金設定自体は、地価と同様、売り手と買い手の相対の交渉を通じてしか決定されないであろう。それとも「統制価格」を導入するのであろうか。
一方、原理的な問題として、土地利用・建築規制を撤廃して、課徴金制に置き換えた場合、他者の開発の意向に関する情報が不完全である場合(これが一般的な状況であると想定されるが)、開発の思惑がかちあって、ある地区へ開発が集中することも予想される。またこうした集中によって、当該地区の混雑料金が予想外に跳ね上がったとすると、これをきらって当該地区の土地利用が一気に空洞化する可能性も予想される。こうした乱高下する土地利用にあわせてインフラ整備をするとなると、際限のない施設整備需要が想定される一方、整備したばかりの施設の遊休化も想定される。これでは社会全体として著しく非効率である。
一般の財と異なり、都市とは長期間をかけて形成され安定的に利用される性質のものであって、自覚的な集団的意志決定として将来めざすべき土地利用とインフラストラクチャーの枠組みが公に示されなければ、経済的効率性も、市民生活の安定性も失われてしまうことになろう。
さて、このような都市計画の確立を前提としながら、なおその実現にあたって、容積率規制によって土地利用密度を規制するのではなく、課徴金の負荷を通じて、計画の枠組みに向かって開発需要をマネジメントする方式もありえよう。たとえば、各地区の計画枠組みを超える密度で土地利用を行う者には、インフラ整備等の財源とする相当の課徴金を課する方式や、あるいは地区全体としての密度は計画枠組みに納まるよう、利用密度に余裕のある敷地から利用密度を購入する「開発権譲渡(TDR)」方式である。いずれにせよ各地区の利用密度の計画枠組みは集団的意志決定を通じて定められる必要があるが、それは必ずしも現行の容積率規制のような簡便・単純なものである必要はないだろう。
地価そのものを安くする必要はなく、住宅コストという面で考えれば問題は床面積あたりの地価であり、これを下げるには容積率高く利用すればよい、という論がある。
地価を固定的なものと観念し、利用可能な容積率が例えば2倍になったとすれば、なるほど床面積あたりの地価は半分になろう。しかし現実には地価は利用可能な容積率に応じて変動する。
一般には、いわゆるマンション用地の地価は立地条件が同等であれば、容積率100%あたりいくらという価格で取引されるというのが「業界の常識」であるといわれる。また実際の地価も、指定容積率200%以上の場合、ほぼ指定容積率に比例しているという実証的分析結果も示されている。とするなら容積率の高低にかかわらず床面積あたりの地価は変わらない。
開発者が土地を取得した後に、容積率規制が緩和されれば、床面積あたりの開発コストに占める土地コストは低下するが、この場合も、土地コストの低下分の大半は開発者の利益として吸収され、住宅購入者にとっての床面積あたりの土地コストはほとんど低下しないであろう。開発者が周辺の相場に比べて床単価を下げて売らねばならない理由はないからである。
もし床単価を下げて売るとするなら、それは高容積を消化するため建物の設計に無理が生ずるなど、当該住宅の居住性能が低下した場合であろう。たとえば、一定面積の住戸を片廊下でつなぎ横一列に並べたスタイルのマンションを一棟建てる場合、住棟の横幅が敷地の制約等により一定とすれば、実利用容積率を高くするには、建物の階数を高くするか、住戸の間口を狭くしその分奥行きを深くした「うなぎの寝床」型の住戸設計とするしかない。隣地の環境を侵害しないため階数には限度がある。標準的な住戸の設計を前提とし、全戸を南面し、かつ北側の敷地の日照を阻害しないように建てる場合、一般に容積率200%を超えて建てることは困難である。したがって、なお利用容積率を高くするためには住戸の間口を狭めて「うなぎの寝床」型の住戸にするか、全戸南面をあきらめ東向きや西向きで建てるか、ということになり、いずれにせよ居住性能は低下する。あるいは隣地や街路の日照・採光を阻害することを前提に建てることになる。この場合、一般には、自身の住戸の日照・採光も将来的に保障されないので、やはり居住性能の評価は低下することになる。
ちなみに、これが住宅でなく、オフィスや商業開発であれば、建物の奥行きを相当深くしても床の市場性は損なわれず、上のマンションと同じ敷地に同じ階数で建てるにしても奥行きを深くした分、利用容積率を高くすることが可能である。